Cafe fiction sterra ragazza 第4章1
【第4章】
過去の回想。千歳の記憶
薄暗い部屋に恵がスマホをいじっている。座ってそれを眺めている千歳。
千歳 ねぇ、ママ
恵 何?
千歳 今日はお仕事ないの?
恵 そうね。今のところないわ。
千歳 じゃあ、今日は一緒にいれるの?
恵 そうね。
千歳 じゃあ、お話しようよ。
恵 ……。いいわよ。何話す?
千歳 私、パパの事知りたい。
恵 パパの事?
千歳 うん。
恵 パパは……。お仕事で海外よ。
千歳 お仕事?
恵 ええ、パパの夢はお金持ちになる事だったの。
千歳 どんな仕事なの?
恵 ……みんなを幸せにする仕事よ。
千歳 へぇ、私、パパに会いたい。
恵 ……。パパは海外だもの。会えないわ。
千歳 そうなの?
恵 大丈夫よ。いつかちゃんと私達を迎えに来てくれるから。
千歳 いつかっていつ? いい子にしてたら早く会えるの?
恵 もうやめて!
千歳 ……。
恵 パパの話は、もうおしまい。大丈夫、いつかきっと会える……。約束したもの、また会おうって……。
千歳 ……。
恵の携帯が鳴る。
恵 あ、こんばんわ! 今からですか? もちろんいいですよ! はい! え? 全然きつくないですよ~。ギャラ飲み楽しいです! じゃあ、今からお邪魔しますねぇ。30分ほどお待ちくださーい。
千歳 出かけるの?
恵 ええ、明日とか帰ってこないかもしれないから、家の事お願いね。
千歳 ……分かった。
恵 じゃあね。
恵はすばやく準備をして家を出る。
千歳 行ってらっしゃい……。
恵が広げたコップなどを片付ける
千歳 ……。
カフェフィクション。千歳がテーブルを拭いている。理恵は定位置でコーヒーを飲んでいる。新村望が店を訪れる
千歳 いらっしゃいませ! カフェフィクションへようこそ!
望 あれ、知らない子がいる。
千歳 初めまして、私、新人の恵庭千歳と言います。
望 そうなんだ。初めまして、新村望と言います。2週間に一回くらいで来てるから、覚えてくれると嬉しいです。
千歳 新村さん、覚えました。
望 よろしく、恵庭さん。
千歳 ご注文はお決まりですか?
望 ブレンドを下さい。
千歳 かしこまりました。沙耶さん! ブレンドお願いします!
千歳は沙耶に大きな声をかける。沙耶が顔を出す。
沙耶 はーい! あ、望さん。いらっしゃいませ~。
望 こんばんは。
沙耶 ちょっと待ってて下さいね~。とびっきりのブレンドを用意しますから!
望 よろしくお願いします。
沙耶は厨房に引っ込む
望 店長は居ないんですか?
千歳 店長は今、買い出しに行ってしまって。1時間ほどで戻るとは言っていました。
望 そうなんだ。
千歳 ……。
望 ……。
望 恵庭さんは、どうしてこのお店で働こうと思ったの?
千歳 え?
望 ああ、ごめん。ただの雑談だから、話したくなかったらいいんだけど。
千歳 いえ、すみません。ちょっとびっくりしました。えっと、ここで働き始めたのは、ここのマスターが、私の伯父でして。
望 へぇ、店長の姪っ子さん。
千歳 それで、母の都合で預けられることになりまして、何もしないのも申し訳ないので、お手伝いをさせてほしいとお願いしたら、バイトとして雇ってくださったんです。
望 偉いね。僕だったら、働かせて欲しいなんて思わないなぁ。
千歳 家に置いて頂いているんですから、当然です。
望 当然、なのかなぁ。
千歳 そうですよ。出ないといつ追いだされるか、分からないんですから。
望 追い出される?
千歳 あ、いえ、なんでもないです。こちらの話で……。
望 ……。
沙耶 お待たせしました~! ブレンドです~! あれ? どうしたんですか二人とも?
千歳 ……。
望 なんでもないですよ。ちょっと雑談につきあってもらっていただけです。
沙耶 駄目ですよ~望さん。千歳ちゃんを口説くような事をしたら、遥香さん悲しんじゃいますよ~。
望 そんなことしないですよ! 僕には遥香だけです!
沙耶 あはは~、分かってますよ~。
望 沙耶さんはすぐそうやってからかってくる……。
沙耶 私なりの接客です。
望 だから、この店はまだ流行らないんじゃないですか?
沙耶 それは~、私のせいではないですよ~。多分。そういえば、今日は遥香さんは?
望 今日は残念ながら時間が合わなくて。最近合う回数が減って来たのでゆっくり話したかったんですけど。
千歳 遥香さん?
沙耶 望さんの恋人ですよ~。あ、もう奥さんでしたっけ?
望 式もまだですし、婚姻届もまだですから、法律上では恋人です。
沙耶 でも~、二人のお気持ち的には~?
望 そりゃあ、もちろん、夫婦です。
千歳 夫婦……。
沙耶 先日遥さんから聞きましたよ~! 熱烈なプロポーズをされたって!
望 ええ!? 遥香話したんですか?
沙耶 そりゃあもう嬉しそうに! 夜景の綺麗な高級レストランで、店内が暗くなったかと思ったら、光るシャンパングラス、その中には結婚指輪! そのまま、望さんは遥香さんの手を握りしめ、ついに! 僕と結婚してほしい! キャー!
ロマンティック!
望 してないしてない! そんなことしてないですよ! 話しに尾ひれどころか、そっちが本体になってますよ!
沙耶 いいですね~、私もそんな風にプロポーズされてみたい……。
望 聞いちゃいない……。
千歳 あの……。
望 ん?
千歳 どうして、その人、遥香さんと結婚しようと思ったんですか?
望 どうして……。ん~、いろいろ理由はあるけど、
店の鈴がなる。山中遥香が店に訪れる。
沙耶 いらっしゃいま……。
遥香 のんちゃん!
望 遥香? どうしたの? 今日は残業だって。
遥香 猛スピードでやったら早く終わったんだ。のんちゃん居るかもと思って、走ってきちゃった。
望 もう、無理すると体に良くないよ。ただでさえ、最近眠れてないって言ってたのに。
遥香 それはそれ、これはこれだよ。今日、私はのんちゃんに会いたかったのです。
望 ありがとう。沙耶さん。遥香にミルクティーのアイスを下さい。
沙耶 はーい!
遥香 ありがとうございますー! あれ、知らない子がいる!
千歳 は、初めまして、新人の恵庭千歳と言います。
遥香 新人さん! 初めまして、山中遥香って言います。時々のんちゃんと一緒に来るから覚えてくれると嬉しいです。
千歳 あ、は、はい。よろしくお願いします。
望 あっはっはっは!
遥香 どうしたの?
望 なんでもないよ。それより、今日は随分ご機嫌だね。遥香の方こそどうしたの? 何かいい事でもあった?
遥香 んーん、特別いい事があったわけじゃないよ。ただ、最近ここ来れてなかったから、のんちゃんと一緒に来れてそれが嬉しかったのかな。
望 そっか、うん、僕も笑顔の遥香が見られて良かったよ。
遥香 ごめんね心配させちゃって、今日で、のんちゃん成分を補給しておきます。
望 はい、そうしてください。
沙耶 ミルクティーお待たせしましたー!
遥香 ありがとうございます! はぁ、喉渇いた~。
千歳 お二人は、仲、よろしいんですね。
遥香 うん、だってこれから、夫婦になる二人ですから!
千歳 それで、ずっと最後まで、仲良く、いられるんですか?
遥香 え?
沙耶 千歳ちゃん?
千歳 ずっと、たとえ何があっても、子供が出来たとしても、仲良く、いられるんですか?
遥香 ……。
望 遥香。
遥香 うん、千歳ちゃん。
千歳 はい。
遥香 私達二人が最後までずっと仲良くしていられるかは、正直分からないよ。喧嘩もするだろうし、何か事件が起きるかもしれない。未来の事は、分かんないからね。
千歳 そうですか……。
遥香 でもね。
千歳 ?
遥香 たとえば、今この瞬間、のんちゃんが困ってるんだったら、力になりたい、支えてあげたいって思ってる。髪が乱れてたら直してあげたいし、お腹が空いてるんだったらご飯を作ってあげたい。体調が悪いんだったら看病してあげたいって思ってる。
望 僕も同じだよ。遥香が困ってるなら、支えたい。遥香の為にお金を稼いでくるし、遥香が笑ってくれるような事をいろいろしてあげたい。
遥香 ありがとう。そうやって、この瞬間瞬間を相手の事を思って生きていけたら、結果的に最後まで仲良くいられるんじゃないかって、私はそう思うな。
千歳 相手の事?
遥香 うん、それに子供が出来たら、今度はその子の人生も背負わなきゃいけないからね! 喧嘩なんてしてる場合じゃ無くなっちゃうよ!
千歳 ……。
望 さっきの質問だけどね。この価値観かな。遥香が大切に思っていることが、僕にとっても、とても大切なものだったんだ。だから、僕はこの子と結婚するって決めたんだ。
千歳 そう、ですか。だったら私のパパとママは……。どうして……。
鈴の音、店の扉が開いて悟が帰ってくる。
悟 ただいまー、あら、新村さんに山中さんいらっしゃってたんですね。ん? 千歳ちゃんどうしたの?
千歳 いえ、すいません。なんでもないです。洗い物してきます。
千歳は厨房に逃げるように向かう。
沙耶 なーかしたーなーかしたー。店長が若い女の子を泣かせましたよ。
悟 ええ!?
遥香 店長さんはそんな人だったんですね……。残念です。
悟 ちょっちょ、なんで!?どうして!?
望 まぁまぁ、あの子、親御さんの事でいろいろ事情があるみたいですね。
悟 ああ、はい。ちょっと……。
望 僕達じゃ、何もできないかもしれませんが、何かあればおっしゃってください。
悟 いいんですか?
望 もちろんですよ。いつもここでおいしいコーヒーとミルクティーを頂いてるお礼です。
悟 ありがとうございます。
望 遥香、そろそろ行こう。僕達は僕達で話さないといけないことがいろいろあるんだから。
遥香 うん。ごちそうさまでした!
望はカードを渡し会計を済ませ、遥香と連れだって店を出る。
沙耶 望さん、物語の主人公みたいな人ですねぇ。
悟 本当にね。二人には幸せになって欲しいな。
沙耶 そうですねぇ。
皿の割れる音
沙耶 私見てきます!
悟 うん。お願い。
沙耶は千歳の所へ
理恵のカップを置く音が響く
悟 ……。
理恵 あの子をどうするつもり?
悟 ……どうするも……。
理恵 あの子は、このまま母親と一緒にいても、幸せになる事はない。
悟 分からないじゃないか。
理恵 分かるわよ。悟が一番知ってるでしょ?
悟 ……。
理恵 お姉さんは、変わることが出来なかった。あの家族から離れても。悟みたいにはいかなかった。
悟 僕は……。理恵がいたから。理恵がいたから、今があるんだ。理恵がいたから、この店を開くことが出来たんだ。
理恵 私は何もしてないわ。
悟 いいや、君がいたから、あの店に出会えた。僕に夢をくれた。だから、今の僕があるのは、理恵のおかげなんだ。なのに、ごめん。
理恵 謝らないで!
悟 ……。
理恵 なんで謝るの? 何に謝ってるの? あの時、私を止めてくれなかった事? それのせいで、私が死んでしまった事? 私がここを動けない事? 全部全部、私が悪いのに、なんであなたが謝ろうとするの!
悟 僕が、もっとはっきりしていれば、君をそんな小さな椅子に縛り付けることもなかった。これは、僕の罪なんだ……。
理恵 これがあなたの罪だと言うなら……。
悟 うん。
理恵 罪滅ぼしに、あの子を幸せにしてあげて。
悟 ……。
理恵 私は、もう駄目なの。でも、あの子はまだいくらでもどうにかなる。それが、今回のお願い。私はこの店にいる子は、みんな幸せがいい。
悟 ……。分かった。理恵、僕もそう思うよ。
理恵 私達、気が会うね。
悟 幼馴染だからね。
理恵 じゃあ、頑張ってね。
悟 うん。
理恵が消える
悟 また明日。
第4章2へ続く