Cafe fiction sterra ragazza 第4章１
【第４章】
過去の回想。千歳の記憶
薄暗い部屋に恵がスマホをいじっている。座ってそれを眺めている千歳。
千歳 ねぇ、ママ
恵 何？
千歳 今日はお仕事ないの？
恵 そうね。今のところないわ。
千歳 じゃあ、今日は一緒にいれるの？
恵 そうね。
千歳 じゃあ、お話しようよ。
恵 ……。いいわよ。何話す？
千歳 私、パパの事知りたい。
恵 パパの事？
千歳 うん。
恵 パパは……。お仕事で海外よ。
千歳 お仕事？
恵 ええ、パパの夢はお金持ちになる事だったの。
千歳 どんな仕事なの？
恵 ……みんなを幸せにする仕事よ。
千歳 へぇ、私、パパに会いたい。
恵 ……。パパは海外だもの。会えないわ。
千歳 そうなの？
恵 大丈夫よ。いつかちゃんと私達を迎えに来てくれるから。
千歳 いつかっていつ？ いい子にしてたら早く会えるの？
恵 もうやめて！
千歳 ……。
恵 パパの話は、もうおしまい。大丈夫、いつかきっと会える……。約束したもの、また会おうって……。
千歳 ……。
恵の携帯が鳴る。
恵 あ、こんばんわ！ 今からですか？ もちろんいいですよ！ はい！ え？ 全然きつくないですよ～。ギャラ飲み楽しいです！ じゃあ、今からお邪魔しますねぇ。３０分ほどお待ちくださーい。
千歳 出かけるの？
恵 ええ、明日とか帰ってこないかもしれないから、家の事お願いね。
千歳 ……分かった。
恵 じゃあね。
恵はすばやく準備をして家を出る。
千歳 行ってらっしゃい……。
恵が広げたコップなどを片付ける
千歳 ……。
カフェフィクション。千歳がテーブルを拭いている。理恵は定位置でコーヒーを飲んでいる。新村望が店を訪れる
千歳 いらっしゃいませ！ カフェフィクションへようこそ！
望 あれ、知らない子がいる。
千歳 初めまして、私、新人の恵庭千歳と言います。
望 そうなんだ。初めまして、新村望と言います。２週間に一回くらいで来てるから、覚えてくれると嬉しいです。
千歳 新村さん、覚えました。
望 よろしく、恵庭さん。
千歳 ご注文はお決まりですか？
望 ブレンドを下さい。
千歳 かしこまりました。沙耶さん！ ブレンドお願いします！
千歳は沙耶に大きな声をかける。沙耶が顔を出す。
沙耶 はーい！ あ、望さん。いらっしゃいませ～。
望 こんばんは。
沙耶 ちょっと待ってて下さいね～。とびっきりのブレンドを用意しますから！
望 よろしくお願いします。
沙耶は厨房に引っ込む
望 店長は居ないんですか？
千歳 店長は今、買い出しに行ってしまって。１時間ほどで戻るとは言っていました。
望 そうなんだ。
千歳 ……。
望 ……。
望 恵庭さんは、どうしてこのお店で働こうと思ったの？
千歳 え？
望 ああ、ごめん。ただの雑談だから、話したくなかったらいいんだけど。
千歳 いえ、すみません。ちょっとびっくりしました。えっと、ここで働き始めたのは、ここのマスターが、私の伯父でして。
望 へぇ、店長の姪っ子さん。
千歳 それで、母の都合で預けられることになりまして、何もしないのも申し訳ないので、お手伝いをさせてほしいとお願いしたら、バイトとして雇ってくださったんです。
望 偉いね。僕だったら、働かせて欲しいなんて思わないなぁ。
千歳 家に置いて頂いているんですから、当然です。
望 当然、なのかなぁ。
千歳 そうですよ。出ないといつ追いだされるか、分からないんですから。
望 追い出される？
千歳 あ、いえ、なんでもないです。こちらの話で……。
望 ……。
沙耶 お待たせしました～！ ブレンドです～！ あれ？ どうしたんですか二人とも？
千歳 ……。
望 なんでもないですよ。ちょっと雑談につきあってもらっていただけです。
沙耶 駄目ですよ～望さん。千歳ちゃんを口説くような事をしたら、遥香さん悲しんじゃいますよ～。
望 そんなことしないですよ！ 僕には遥香だけです！
沙耶 あはは～、分かってますよ～。
望 沙耶さんはすぐそうやってからかってくる……。
沙耶 私なりの接客です。
望 だから、この店はまだ流行らないんじゃないですか？
沙耶 それは～、私のせいではないですよ～。多分。そういえば、今日は遥香さんは？
望 今日は残念ながら時間が合わなくて。最近合う回数が減って来たのでゆっくり話したかったんですけど。
千歳 遥香さん？
沙耶 望さんの恋人ですよ～。あ、もう奥さんでしたっけ？
望 式もまだですし、婚姻届もまだですから、法律上では恋人です。
沙耶 でも～、二人のお気持ち的には～？
望 そりゃあ、もちろん、夫婦です。
千歳 夫婦……。
沙耶 先日遥さんから聞きましたよ～！ 熱烈なプロポーズをされたって！
望 ええ！？ 遥香話したんですか？
沙耶 そりゃあもう嬉しそうに！ 夜景の綺麗な高級レストランで、店内が暗くなったかと思ったら、光るシャンパングラス、その中には結婚指輪！ そのまま、望さんは遥香さんの手を握りしめ、ついに！ 僕と結婚してほしい！ キャー！
ロマンティック！
望 してないしてない！ そんなことしてないですよ！ 話しに尾ひれどころか、そっちが本体になってますよ！
沙耶 いいですね～、私もそんな風にプロポーズされてみたい……。
望 聞いちゃいない……。
千歳 あの……。
望 ん？
千歳 どうして、その人、遥香さんと結婚しようと思ったんですか？
望 どうして……。ん～、いろいろ理由はあるけど、
店の鈴がなる。山中遥香が店に訪れる。
沙耶 いらっしゃいま……。
遥香 のんちゃん！
望 遥香？ どうしたの？ 今日は残業だって。
遥香 猛スピードでやったら早く終わったんだ。のんちゃん居るかもと思って、走ってきちゃった。
望 もう、無理すると体に良くないよ。ただでさえ、最近眠れてないって言ってたのに。
遥香 それはそれ、これはこれだよ。今日、私はのんちゃんに会いたかったのです。
望 ありがとう。沙耶さん。遥香にミルクティーのアイスを下さい。
沙耶 はーい！
遥香 ありがとうございますー！ あれ、知らない子がいる！
千歳 は、初めまして、新人の恵庭千歳と言います。
遥香 新人さん！ 初めまして、山中遥香って言います。時々のんちゃんと一緒に来るから覚えてくれると嬉しいです。
千歳 あ、は、はい。よろしくお願いします。
望 あっはっはっは！
遥香 どうしたの？
望 なんでもないよ。それより、今日は随分ご機嫌だね。遥香の方こそどうしたの？ 何かいい事でもあった？
遥香 んーん、特別いい事があったわけじゃないよ。ただ、最近ここ来れてなかったから、のんちゃんと一緒に来れてそれが嬉しかったのかな。
望 そっか、うん、僕も笑顔の遥香が見られて良かったよ。
遥香 ごめんね心配させちゃって、今日で、のんちゃん成分を補給しておきます。
望 はい、そうしてください。
沙耶 ミルクティーお待たせしましたー！
遥香 ありがとうございます！ はぁ、喉渇いた～。
千歳 お二人は、仲、よろしいんですね。
遥香 うん、だってこれから、夫婦になる二人ですから！
千歳 それで、ずっと最後まで、仲良く、いられるんですか？
遥香 え？
沙耶 千歳ちゃん？
千歳 ずっと、たとえ何があっても、子供が出来たとしても、仲良く、いられるんですか？
遥香 ……。
望 遥香。
遥香 うん、千歳ちゃん。
千歳 はい。
遥香 私達二人が最後までずっと仲良くしていられるかは、正直分からないよ。喧嘩もするだろうし、何か事件が起きるかもしれない。未来の事は、分かんないからね。
千歳 そうですか……。
遥香 でもね。
千歳 ？
遥香 たとえば、今この瞬間、のんちゃんが困ってるんだったら、力になりたい、支えてあげたいって思ってる。髪が乱れてたら直してあげたいし、お腹が空いてるんだったらご飯を作ってあげたい。体調が悪いんだったら看病してあげたいって思ってる。
望 僕も同じだよ。遥香が困ってるなら、支えたい。遥香の為にお金を稼いでくるし、遥香が笑ってくれるような事をいろいろしてあげたい。
遥香 ありがとう。そうやって、この瞬間瞬間を相手の事を思って生きていけたら、結果的に最後まで仲良くいられるんじゃないかって、私はそう思うな。
千歳 相手の事？
遥香 うん、それに子供が出来たら、今度はその子の人生も背負わなきゃいけないからね！ 喧嘩なんてしてる場合じゃ無くなっちゃうよ！
千歳 ……。
望 さっきの質問だけどね。この価値観かな。遥香が大切に思っていることが、僕にとっても、とても大切なものだったんだ。だから、僕はこの子と結婚するって決めたんだ。
千歳 そう、ですか。だったら私のパパとママは……。どうして……。
鈴の音、店の扉が開いて悟が帰ってくる。
悟 ただいまー、あら、新村さんに山中さんいらっしゃってたんですね。ん？ 千歳ちゃんどうしたの？
千歳 いえ、すいません。なんでもないです。洗い物してきます。
千歳は厨房に逃げるように向かう。
沙耶 なーかしたーなーかしたー。店長が若い女の子を泣かせましたよ。
悟 ええ！？
遥香 店長さんはそんな人だったんですね……。残念です。
悟 ちょっちょ、なんで！？どうして！？
望 まぁまぁ、あの子、親御さんの事でいろいろ事情があるみたいですね。
悟 ああ、はい。ちょっと……。
望 僕達じゃ、何もできないかもしれませんが、何かあればおっしゃってください。
悟 いいんですか？
望 もちろんですよ。いつもここでおいしいコーヒーとミルクティーを頂いてるお礼です。
悟 ありがとうございます。
望 遥香、そろそろ行こう。僕達は僕達で話さないといけないことがいろいろあるんだから。
遥香 うん。ごちそうさまでした！
望はカードを渡し会計を済ませ、遥香と連れだって店を出る。
沙耶 望さん、物語の主人公みたいな人ですねぇ。
悟 本当にね。二人には幸せになって欲しいな。
沙耶 そうですねぇ。
皿の割れる音
沙耶 私見てきます！
悟 うん。お願い。
沙耶は千歳の所へ
理恵のカップを置く音が響く
悟 ……。
理恵 あの子をどうするつもり？
悟 ……どうするも……。
理恵 あの子は、このまま母親と一緒にいても、幸せになる事はない。
悟 分からないじゃないか。
理恵 分かるわよ。悟が一番知ってるでしょ？
悟 ……。
理恵 お姉さんは、変わることが出来なかった。あの家族から離れても。悟みたいにはいかなかった。
悟 僕は……。理恵がいたから。理恵がいたから、今があるんだ。理恵がいたから、この店を開くことが出来たんだ。
理恵 私は何もしてないわ。
悟 いいや、君がいたから、あの店に出会えた。僕に夢をくれた。だから、今の僕があるのは、理恵のおかげなんだ。なのに、ごめん。
理恵 謝らないで！
悟 ……。
理恵 なんで謝るの？ 何に謝ってるの？ あの時、私を止めてくれなかった事？ それのせいで、私が死んでしまった事？ 私がここを動けない事？ 全部全部、私が悪いのに、なんであなたが謝ろうとするの！
悟 僕が、もっとはっきりしていれば、君をそんな小さな椅子に縛り付けることもなかった。これは、僕の罪なんだ……。
理恵 これがあなたの罪だと言うなら……。
悟 うん。
理恵 罪滅ぼしに、あの子を幸せにしてあげて。
悟 ……。
理恵 私は、もう駄目なの。でも、あの子はまだいくらでもどうにかなる。それが、今回のお願い。私はこの店にいる子は、みんな幸せがいい。
悟 ……。分かった。理恵、僕もそう思うよ。
理恵 私達、気が会うね。
悟 幼馴染だからね。
理恵 じゃあ、頑張ってね。
悟 うん。
理恵が消える
悟 また明日。
第4章２へ続く
Cafe fiction sterra ragazza 第3章
【第３章】
開店前の店内、千歳が一人でテーブルを拭いている。眠たそうに悟が降りてくる。
悟 ふぁ～、今日も頑張るぞ～。
千歳 おはようございます！
悟 え、あ、おはよう。びっくりした。朝早いんだね。
千歳 いえ、お世話になっている身なので。早速今日からお店の方も手伝わせてください。
悟 そんなに焦らなくても、昨日来たばかりなんだからもっとゆっくりしても……。
千歳 いえ、そういう訳にはいきません。よろしくお願いします。
悟 そう？ それじゃ、早速今日からお願いしようかな。ちょっと待ってね。従業員用のエプロンがあるから、取ってくるよ。
悟はエプロンをとりに上の階に戻っていく。
千歳 頑張らないと、役に立つって証明しないと、頑張れ、私。
沙耶が遅れて出勤してくる。
沙耶 おはようございます！ すいません遅れました！ 途中でお婆ちゃんが産気づいて、介抱してて！ ってあれ？
千歳 おはようございます。沙耶さん。
沙耶 千歳ちゃん？ え？ なんで？
千歳 今日から私も働かせてもらいます。
沙耶 え！ 今日から！ おお、働き物ですね！ 分かりました！ 分からない事はなんでも、このお姉ちゃんに聞いてくださいね！
千歳 はい、よろしくお願いします！沙耶さん。
沙耶 お姉ちゃん……。
悟がエプロンを持って降りてくる。
悟 あったあった。お待たせ。って沙耶ちゃん。遅刻だよ。
沙耶 ばれました？
悟 ばれないとでも思ったの？ ほら、早く着替えてきて。
沙耶 はーい。それじゃ、また後で。
千歳 はい。
悟 まったく、あの子遅刻常習犯なんだよ。でも、毎回言い訳考えてくるから、ちょっと面白いんだよね。とりあえず、今着てる奴の上に付けてくれれば……。それ制服？
千歳 あ、はい。他に余所行きの服を持ってなくて。
悟 え、マジ？
千歳 はい。
悟 そう、なんだ。じゃあ、その上からでいいよ。今日からよろしくね。
千歳 はい！ よろしくお願いします。
悟 あ、営業中は、僕の事はマスターって呼んでね。
千歳 分かりました。
ベルの音、理恵が入店する。
千歳 いらっしゃいま！ ……、あれ？
理恵は千歳にはまだ見ることが出来ない。悟が理恵の事をエスコートし、理恵は席に着く。
千歳 鈴木さん……？
悟 マスターって呼んでよ。ここは大丈夫。洗い場に昨日のカップが残ったままだから洗ってもらえる？
千歳 あ、はい！ 分かりました！
千歳は厨房の奥に引っ込む。
悟 おはよう。理恵。
理恵 ……。
悟 短い期間だけど、新しい仲間、新しいバイトが入ったよ。千歳ちゃんって言うんだ。僕の姪っ子だから、よかったら仲良くしてね。
理恵 ブレンド。
悟 ……かしこまりました。
沙耶が着替えから戻ってくる。
沙耶 おはようございます！ 先輩アルバイター明星沙耶、本日も出勤いたしました！ あ、理恵さん！ おはようございます。本日もよろしくお願いします。
理恵の前で手をたたく沙耶
悟 理恵は神様とかじゃないよ。
沙耶 同じような物じゃないですか！ ずっと居るんですから。
悟 まぁねぇ。理恵のコーヒー入れてくるから、フロアお願いね。後、看板も変えといてね。
沙耶 任せてください！ お姉ちゃんにかかればそれぐらいお茶の子さいさいです！
悟 じゃあ、よろしくね。お姉ちゃん。
沙耶 店長のお姉ちゃんじゃないです―！
悟も厨房に引っ込む。沙耶は表の看板を裏返しOPENにする。
沙耶 さぁて、今日は誰が来ますかねぇ～。
扉の鈴の音。遠藤美穂が入店する
美穂 おはよう～。
沙耶 いらっしゃいませ！ カフェフィクションへようこそ！ 美穂さん！ おはようございます！
美穂 今日も元気ねぇ。
沙耶 それだけが取り柄ですから！
美穂 そんなことないわよ。お店の仕事もしっかりやってるじゃない。
沙耶 いえ～、そんなこともありますけどぉ～。
美穂 最初は、大変だったけどね。
沙耶 もう！ それは言わないでください。
美穂 あはは、ごめんね。じゃ、いつもの頂戴。
沙耶 はい、かしこまりました。店長ー！ いつものです！
悟は厨房から顔を出す
悟 誰のいつものだよ！ って美穂さんか。
美穂 美穂さんかなんて御挨拶ねぇ。ほら、早く作って。
悟 はいはい、お待ちくださいね～。
悟は厨房へまた引っ込む
美穂 ところで沙耶ちゃん。
沙耶 はい。
美穂 私最近、思う事があるのよ。
沙耶 え、な、なんですか。
美穂 やっぱりね、この世は金が全てなのよ。
沙耶 あー。
美穂 だって、そうでしょ？ お金がなきゃ、欲しい物も買えない。ご飯も食べられない。挙句の果てには家だって無くなる！ 逆にお金さえあれば、この世のすべての物は大体手に入る！ そう！ 愛でさえも！
沙耶 店長―！
厨房から悟の手だけが出てくる、グッドと。
沙耶 店長オオオ―！
美穂 沙耶ちゃん！
沙耶 はいぃ！
美穂 いい？ そもそも、今の日本はお金持ちがどんどん得をするシステムになっているのよ。税金の話よ？ はい、クイズです。日本のお金持ちとはどんな人種？ はい、沙耶ちゃん。
沙耶 えっと、社長さん？ とか？
美穂 そう！ 社長さん。つまりは経営者よ！ 経営者ってのはね、儲かれば儲かるほど、日本ではさらに得をするのよ！ 例えばね？ 法人設立をしている人は、資産を、個人と会社に分散することが出来るのよ。これが出来るとどうなるかと言うとね、まず、法人税は累進課税ではないの、所得が増えれば増えるほど税率が高くなるってことが無くなるの！ 節税になるのよ！ おまけに経費にできる品目の幅が広がるわ。高級外車とか、高級マンションとか！ 生命保険だって経費になるのよ？ なんて恐ろしいの！ 私が今！ これから飲もうとしているコーヒーも会社の経費として処理することが出来ちゃうのよ！
沙耶 おー、すごいですね。
美穂 ええ、とんでもないことよ。他にもいろいろメリットがあるけれど、そんなことは今はどうでもいいの！
沙耶 どうでもいいんですか！？
美穂 とにかくよ！ 何が言いたいかと言うと、この世は、特に日本はお金持ちが優遇される国になっちゃってるの！ お金持ちずるーい！
沙耶 でも、今のところ別に困った事とか無いですし……。
美穂 甘いわ沙耶ちゃん！ 理科の実験で作るべっこう飴ぐらい甘いわ！
沙耶 あー、あれ、誰が食べるかちょっとした喧嘩になったりしますよねー。
美穂 ふっ、やはり醜いわね。貧乏人は。
沙耶 え。
美穂 沙耶ちゃん、私はね。ただお金の話をしに来たわけじゃないの。
沙耶 コーヒーを飲みに来たんじゃ
美穂 私は！ 今ここに、宣言しに来たのよ！ 私は、社長になる！ そして、高額納税者ランキングに乗るのよ！
沙耶 おおー。
美穂 その為に、私は勉強を始めたわ。Youtobeで！
沙耶 あ、そこに落ち着くんですね。
美穂 自己啓発系Youtuberのこけら落としさんの経営者マインドの鍛える動画は一見の価値ありよ！
沙耶 その人都市伝説系って前言ってませんでしたか？
悟が２杯分のコーヒーを持って厨房からやってくる。理恵と美穂に渡す。
悟 今度は一体何を見てきて、そういう発想になったんですか？
美穂 カイジとか、ウシジマ君とか、マネーの虎とかよ！ キンキンに冷えてやがる……。
悟 浅い！
美穂 何でよ！ お金の大切さや、稼ぎ方とか、いろんな事を教えてもらったのよ！ だいたい、店長だって個人事業とは言え経営者なんだから、分かるでしょ！？
悟 何をですか？
美穂 お金が欲しいっていうこの欲望よ。
悟 分かるけど！
沙耶 あ、私もお金欲しいです～。
悟 思考停止して、アホの顔になってるよ！
美穂 それでね！ 私頑張ったのよ！ すごい頑張ったのよ！ 見て！ 聞いて！
悟 何をですか？
美穂は鞄の中から札束を取り出す。
悟 ええぇ！？
沙耶 おおおお！
美穂 ふふん
悟 ちょっと、こんな物こんな所で出さないで下さいよ！ だいたいなんで札束で持ってるんですか！
美穂 自慢したかったの！ 大変だったのよ？ 鉄骨渡りしたり、一発４千円のパチンコやったり！
悟 あんた今まで何してたんだ！ いいからしまってください！ 危ないから！
美穂 ちょっと、触らないでよ！ 私のお金なんだから！
美穂は悟から札束を奪い返し、思いっきり悟の顔を、札束で殴った。
悟 いった！
美穂 は！？ はぁ……。
悟 何もぶたなくても……
沙耶 大丈夫ですか？
美穂 あ、あの。
悟 え？
美穂 もう一度だけ、もう一度だけ殴ってもいい？
悟 はい？
悟の許可が入る間もなく、札束で殴る
悟 いてー！
美穂 ああぁ……。こ、この感覚は……！？
沙耶 まずいです！ 何かに目覚めようとしています！
悟 止めろぉ！ 手遅れになる前に！
フロアで騒いでいると、千歳が顔をのぞかせてくる。
千歳 マスター、あの、洗い物が終わったので、他の仕事を
悟 来ちゃだめだ！ 今、教育によろしくない物が！
美穂 あれー！？ 可愛い！ 誰よこの子新人？
千歳 は、初めまして、新人の恵庭千歳と言います。
美穂 いい名前ねぇ。ちょっと、こんな可愛い子が出勤してるのに、なんで教えてくれないのよ。
悟 美穂さんは、初出勤には刺激が強すぎるから……。
美穂 そんなことないわよ！
沙耶 あると思いますよ～。
美穂 ねぇ、千歳ちゃん？ あなたもお金持ちになりたくなーい？
千歳 お金持ちですか？ なれるのならなりたいですけど……。
悟 やめて！ うちの姪に変な事吹き込もうとしないで！
美穂 姪！？ 姪っ子？ ニース？
悟 なんで英語に言い直した。
美穂 え、え、こんなに可愛い子が店長の姪っ子？ 信じられないんだけど……。
悟 どういう意味だよ！
沙耶 まぁまぁ、落ち着いて。
美穂 千歳ちゃんは社会勉強とかなの？
千歳 いえ、母の都合でしばらく預かってもらっていまして。
美穂 あらそうなの～。大変ねぇ。でも、ちゃんとお店の手伝いもするね！ 偉いわ！
千歳 あ、ありがとうございます。お世話になっている身ですので……。
美穂 そうは言っても、親戚のお家でちゃんと出来る子ってのは偉いのよ！ それが出来ない子もいるの！ 親戚の家に行っても、逆に遠慮して、与えられた部屋から出られない脚本家とか！
千歳 脚本家？
沙耶 店長！ メタくなってきましたよ！
悟 もう疲れた……
美穂 千歳ちゃん！ お金ってどうやって稼ぐんだと思う？
千歳 え？ えっと、何かを売る？
美穂 ３０点よ！
千歳 ええ！？
美穂 いい、お金の稼ぎ方は、相手、お客さんになりえる人ね。その人の悩みを解決してあげる事なのよ。
千歳 悩み、ですか？
美穂 そうよ、例えば、千歳ちゃんが今何かに悩んでいるとします。それをお金を払えば解消できるのなら、さっさと解消したくない？
千歳 そうですね。
美穂 でしょ！ 世の中にはそういう人が沢山いる！ その悩みを解消してあげるサービスを売る。それがお金を稼ぐって言う事なのよ！
千歳 それが出来れば、私もお金持ちになれますか？
美穂 もちろんよ！ でも、決して簡単な事じゃないわ……。あなたにその覚悟がある？
千歳 か、覚悟……。
美穂 ええ、お金持ちになるために、死ぬ気で頑張る……。その覚悟よ！
千歳 わ、私は……。
悟 こーらこらこら、高校生に一体何の勧誘をしてるんですか。
沙耶 私、そういう勧誘受けたことありますよ！ 気を付けてください、この後、成功した風の人を紹介されて、その後さらに、成功した風のワークショップ的なものに連れていかれて、契約するまで返してもらえなくなりますよ！
千歳 ええ！？
美穂 違うわよ！ そんなくそネズミ達と一緒にしないで！
悟 くそネズミって。
美穂 似たようなもんでしょ。違いなんて商品があるかないかぐらいよ。私は、あんなお金の稼ぎ方認めないわ！
千歳 マルチ商法でしたっけ？ 駄目な稼ぎ方なんですか？
美穂 駄目も駄目、サギよあれは。最初に始めた人間しか儲からないようになってるの。10人も紹介すれば、総人口超えるとか言われてるし、悪評が広まれば、騙される バカも減ってくる。結果、遅く始めた人間はただ搾取されるだけになるのよ。
沙耶 おお～、あの時遅刻して良かったです。
悟 君は本当にぶれないね。
美穂 お金を稼ぐとは、サービスをする側も、される側も両方が幸せにならなくちゃいけないの！ 昨今のブラック企業もナンセンス。従業員だって幸せにさせなくちゃいけないの！ それが、真の経営者ってものよ！
千歳 幸せですか……。
美穂 千歳ちゃん。あなたが今後、就職する時、働くことがつらいって思う事があれば、逃げたっていいの。自分の身は自分で守るのよ。辛い時は辛いっていうの！ 今の社会は黙っている人間を助けてくれるほど余裕はないのだから。
千歳 は、はい。あ、ありがとうございます？
美穂 いいのよ、人生の先輩としてのアドバイスよ。そろそろ帰るわ。
悟 お会計650円になりますー。
美穂 カードよ。
悟 ありがとうございます―。
美穂 じゃ、また来るわ！
３人 ありがとうございましたー。
満足げに帰っていく美穂
沙耶 満足したんですかね？ 結局何しに来たんですか？
悟 色々とあるんだよ。社会人は。ごめんね。初日から一番インパクトのでかい人が来ちゃった。
千歳 いえ！ なんだか、楽しかったですし、勉強にもなりました。
悟 そう？ ならいいんだけど。
沙耶 店長！
悟 ん？
沙耶 札束が！
悟 うわ！ こんなの置いてくなよ！
沙耶 お金……。お金が……。
千歳 沙耶さん？ どうしたんですか？
沙耶 店長、ハァハァ。お金を……。
悟 沙耶ちゃん……？ 目がおかしいよ……。そんな目でこっちを見ないで欲しいな。
沙耶 ヴあああ！ 札束ああああ！
悟 パス！
千歳に札束を投げ渡し、暴走する沙耶を止める。
千歳 うあ！ あっと！
沙耶 店長！ どいてください！ 奴が私を呼んでいるんです！
悟 意味分からないから！ 落ち着け！
千歳 さ、沙耶さん！
沙耶 それを渡せー！
千歳 これおもちゃです！
悟 沙耶 え？
千歳 これ、おもちゃの札束です！ ５００円くらいで買える奴です！
悟と沙耶二人で札束を確認する。沙耶をじっと見つめる悟。
悟 ……。
沙耶 さー、美穂さんのカップを片付けましょうね～。あ、千歳ちゃん。一緒に行って厨房の物の場所、確認しましょー。
千歳 え？ は、はい！
悟 沙耶ちゃーん！
沙耶 すみませんー！
謝りながら、千歳を引っ張って厨房に逃げていく沙耶
理恵 ……。
悟 そんな愚か者を見るような眼で見ないでよ……。
第4章へ続く
Cafe fiction sterra ragazza 第2章
【第２章】
過去の回想。千歳の記憶。薄暗い部屋、奥で恵庭恵が鞄に荷物を詰めている。それを千歳は眺めている。
恵 ママ、しばらく帰ってこないから。
千歳 え？
恵 その間、ママの友達のとこで預かってもらうから、いい子にしてるのよ。
千歳 ……分かった。
恵 物わかりがいい子はママ大好きよ。
千歳 うん。私もママが大好き。
恵 ……。友達に迷惑かけちゃだめよ？
千歳 大丈夫だよ。いつも通り、いい子にしてるから。心配しなくても大丈夫だよ。
恵 そうね。あなたはパパに似て、要領がいいから。
千歳 そうなんだ。会ったことないから分かんないや。
恵 ……。
恵の携帯が鳴る。
恵 もしもし。ええ、今準備が終わったところ。え？ 本当？ 嬉しい！ ありがとう！ ええ、すぐ、出るから。うん。ありがとう。え？ やあねぇ。居ないって言ったでしょ。もちろんよ。私があなたに嘘をつく訳がないでしょ。大丈夫です。うん。じゃあ、すぐ降りるから。うん、待っててね。
恵 じゃ、もう出るから。
千歳 うん。
恵 洗い物と、掃除をやってから行くのよ。
千歳 大丈夫、分かってるから。
恵 じゃ、またね。
千歳 うん、またね。
恵は部屋を出ていく。一人部屋に取り残される千歳。やがて言われたことをやり始める
戻ってカフェフィクションの中、悟と沙耶と千歳、そして理恵がコーヒーを飲んでいる。
千歳 改めまして、恵庭千歳です。今年で１７歳になります。今は学校は冬休み中で、母がその間、旅行に行くらしくて、その間だけでもいいのでここに置いて欲しいです。
悟 子供を放っておいて、旅行とは……。
沙耶 お母さんと一緒に行けばよかったんじゃないですか？
千歳 それは……。
沙耶 ん？
悟 連れていけない理由があったんでしょ？ いろいろ事情もあるだろうから、無理に話さなくてもいいよ。それより、向こうの席にコーヒーのお代わりを持っていってあげて。
沙耶 はーい、分かりました。邪魔者は退散しまーす。
沙耶は理恵にコーヒーを入れに行く。
悟 えっと、君のお母さんとは、家庭の事情で随分疎遠になっててね。まさかこんなに大きな子供が居たなんて、びっくりしたよ。
千歳 いえ、私も、御兄弟がいるなんて、びっくりしました。
悟 あはは、どうせ自分の事なんて何も話してないんでしょ。
千歳 はい。そうですね。私、母の事、何も知らないかもしれません。
悟 まぁ、親なんてそんなもんだよ。僕も父親の若い頃なんて、たいして知らないし。
千歳 そういう物ですか。
悟 多分ね。
千歳 ……。
悟 千歳ちゃん。
千歳 はい。
悟 好きな食べ物は何？
千歳 え？
悟 好きな食べ物だよ。あ、あと嫌いなのも教えてほしいな。
千歳 えっと、どうしてですか？
悟 どうしてって、これから一緒に住むんだ。そういうの知っとかないといろいろ面倒じゃない？ ちなみに僕は鶏のから揚げが大好きです！
千歳 それじゃあ。
悟 とりあえず、１ヶ月だっけ？ よろしく、千歳ちゃん。
千歳 ありがとうございます！ 家の事も、お店の事もなんでもやります！ よろしくお願いします！
悟 うん、よろしくね。沙耶ちゃーん。
沙耶 お呼びですか！？
悟 新人アルバイトの恵庭千歳ちゃんです。先輩として、お店の事をちゃんと教えるように。
沙耶 サー！ イエッサー！
悟 うちは軍隊じゃないから、はいでいいよ。
沙耶 はい！ サー！
千歳 アルバイトですか？
悟 うん、お店を手伝ってもらうなら、ちゃんとアルバイトとして雇うよ。ちゃんと給料を払います。
千歳 え、でもそんな。
沙耶 よろしくね！ 私は明星沙耶。お姉ちゃんって呼んでいいよ。
千歳 お、お姉ちゃん？
悟 ようこそ、カフェフィクションへ。沙耶ちゃんみたいな変なお客さんも多いけど、めげずに頑張ってね。
沙耶 いやいや店長何をおっしゃってますか～。私は普通の可愛い女の子ですよ。
悟 はーい、上の階が居住スペースになっていまーす。荷物持って上に行くよー。沙耶ちゃん、店よろしくね～。
千歳 あ、は、はい！
沙耶 スルーはつっこみじゃないですよ！
悟は千歳の荷物を持って２階へ。千歳もついていく。
沙耶 うふふ、千歳ちゃんか～。お店に新しい仲間が増えるんですねぇ！ 嬉しいです！ 私が先輩かー。どうしましょう！ ちゃんとお店の事教えられるかなぁ～！ うん、頑張れ私！ 頑張れお姉ちゃん！
理恵がコーヒーを飲み終わり、カップをコースターに乗せる。その音が、人の少なくなった店内に響く。
沙耶 ああ！ 理恵さんもこのお店の大切なお仲間ですよ～。何せ私よりも先輩ですしね！ 千歳ちゃんの事、一緒に見守りましょうね！
沙耶は理恵の空になったカップに再びコーヒーを注ぐ。
過去の回想 千歳の記憶。預けれられ先の母の友人が千歳と向かい合っている。友人の顔は仮面を付けており、よく見えない。
友達 何しているの、遅いよ
千歳 す、すいません。
友達 それが終わったら、次は庭の掃除だからね。
千歳 はい、分かりました。
友達 しっかりやりなよ。
千歳 はい。
友達 はぁ、面倒ばかり持ってきて、なんで私が子供のお守りなんかしないといけないの。
千歳 ……。
友達 早く帰って来てくれないかしら。私だって、暇じゃないのに。
千歳 あ、あの。
友達 なに？
千歳 ……終わりました。次は庭の掃除やります。
友達 そう。よろしく。
千歳 ……。
友達 子供は子供でなんだか気味が悪いし。恵とはもうこれっきりにしたいわ。
千歳 ……。
千歳は庭の掃除へ向かう。回想終了。現在の時間に戻ってくる。
千歳 おじさん、優しかったな。いきなり押し掛けたのに。頑張らなくちゃ。恩をあだで返す様な事をするんじゃないぞ千歳。うん。しっかり、おじさんの役に立とう。自分の居場所は、自分で守るんだ。ん？
千歳は声がする方を覗く。そこでは悟が恵に電話をかけていた。恵は電話に出ないので、留守番電話に残す。
悟 困るんだよ。いきなりこんなことされて。こっちにもいろいろ事情があるんだから、そんなんだから……
千歳 ……え。
千歳は自分の部屋に戻ってしまう。
悟 ん？ とにかく、言いたい事は山ほどあるけど、このメッセージを聞いたら折り返して。よろしく。
悟は電話を切る
悟 ……。気のせいか。
第3章に続く
